さんと○○さん、また○○さんらが中心となり、そういう話を広めてて、貴方を落とし入れようとしている。

Posted by – 2003年10月9日

午前1時帰宅。とある事に、関わるのを止めた、もう私は関係ない、と言った人達が、実はやはり関わっていた事は少し知っていた。そして私が一番の関係者で、全ての原因であり中心人物だと言う話に刷り返られているという事も。
だが意外と周囲は状況を良く知っており、真実を語りフォローしてくれている。とても有難いし、感謝に絶えない。そもそも話の出所からして、作為的な部分すら、全てこちら側に情報が筒抜けでは仕方ない。「○○さんと○○さん、また○○さんらが中心となり、そういう話を広めてて、貴方を落とし入れようとしている。」とはここ最近、とても良く聞こえて来ていた。
NPOというものの存在をこれ以上貶めることは、私は出来ない。今までの私の弱みだ。関係者にそういった人が居るというのは、やはり公言するのは憚るものがある。ただNPOという存在を盾にして、最後はNPOという組織システムに全てを擦り付けるような、個人の責任を逃れようとか、自分がやった事を無かった事にしようとか、挙句は別の人間に濡れ衣を着せて逃げようとして、自己の存続を図ろうなど。もはや限界か。
けしかけたのは向こうだろうに、止めようとしたのはこっちだろうに、加害者が被害者を訴えるようなものだ。よくもまぁ恥ずかしくない。反対者としてクビを切った挙句、翻って現状の責任まで擦り付けようとは。
確かにそうでもしなければ、立ち直れないのかも知れない。が、この場合、おそらく狙いとしては組織の信頼回復よりも関係者個人の責任転嫁と逃げだろう。個人的には、善意を質に入れられたような感覚だ。もはや私は何があっても某組織を信用しない。辞めた後でも、組織の理念を尊重し、色々な事業でも協力したつもりだし、後方支援してきたつもりだ。また今後も何とか協力しようと思っていた。だから余計に、もはやこちらとしては態度を決めざるを得ない。
ここまで悪辣で卑劣で無責任な行動を取るようであれば、そういった相手にはそれなりの態度を取るしかない。一切関わらない。久しぶりに本気で怒った。頭に来た。
周囲は「これ以上あんな団体に関わるな、余計に向こうの思うとおりだ。」という。確かにそうだろう。相手が用意周到に設定した戦場で戦うのも分が悪い。向こうの方が経験豊富で、人を騙すには長けているし、陥れる技術も私よりはある。だが怒りは収まらない。
…まぁ、一晩寝て冷静に考えよう。今までどおり、自身の言動で示そう。冷静に、地道に、一歩ずつやれる事をがんばるのみだ。大きい事をしたいとか、注目を浴びたいなどとは露にも思わない。だが今回も、足元をすくわれかけた。もしくはそう感じる。こういった世界はつくづく難しいと思う。想いが強い人は、というか、裏表の強すぎる人が多い。何でここまで相手によって態度が変わるのだろうか。変節にも度がある。
やっぱり、基本的には自分の思うとおりにしたいんだろうか。自分が思い描くとおりの地域・社会・環境、それをどれだけの人に説明できて、共感を得る事が出来るか、支持が得られるか。それを共有できるか、押し付けるしかないか。真面目・正直だけで続けられないシビアな世界だ。少し頭を冷やして、また周囲に相談しよう。
今日は、ある程度知ってるに人に「貴方が実際に某選挙活動の中心になってるって○○さんらが言い振らしているわよ。」と言われたので、ついついまた気にした。もし、私が居ることで、噂が邪魔になり、地域におけるNPO法人の活動や存在意義が、さらに疑われ、損なわれる事になるのであれば、速やかに身を引こう。下らない話だが、これ以上、自分の人間性だとか生き方を貶められるのは、忍に耐えないし、哀しいところがある。結局は、自分の為にやっている事だとしても、正論を正論として信じて、未熟ながら道義を弁えて、公開できるものは全て公開して、でなければ何も先に進まないし、信用もされないと思っている。それ以上難しい事は、正直に学者でも何でも無いし、経験者でもないから表現するにしても難しいところはあるけど、社会がそういったものを求めていると、ほぼ直感的に確信している。
期待してくれている人、協力してくれている人、沢山の強力なスタッフに囲まれている中で、私自身がこうして不安定で悩ましいのは、恥ずかしい事であり、もしくは背信的な事なのだろうが。そうすると、つくづく無力さが情けないと感じてしまう。

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