今日はギリギリ報告用のプレゼン資料(パワポ)を作って

Posted by – 2004年3月21日

今日はギリギリ報告用のプレゼン資料(パワポ)を作って、東北公益文科大学に行って来た。大学でも発表の直前まで作業して修正入れてたものの(オイオイ)、いざとなったら、どうもパソコンと教室据付のプロジェクタ機材との愛称が悪かったらしい。以前は大丈夫だったので安心してたが、お陰でちょっとパニックだった。
今年度、東北公益文科大学より助成を頂き、6回開催した聴覚障害者向けのインターネット講習会の発表をしてきた。
発表後、K口教授から「いやぁ折角いい事業だと思ってたけど…思ってたけど、残念ながら、このままじゃ来年度は続かないかな…。」という批評を頂いた。ぐはっ(吐血)!!
個人的に今回のこの事業は、聴覚障害者が抱えるコミュニケーション部分の課題と、就労力の問題、廃棄パソコンの増大による環境問題など、複数の社会的な課題を解決するとともに事業化し、戦略的にはNPOらしく、広く人や団体を巻き込んで、庄内NPOセンター開設と連動させた布石の一手も兼ねたつもりだった。
県庁や、大学(講師・学生)や社会福祉協議会、NTTをはじめ、いくつかの企業、その他任意の福祉団体など、多くを巻き込んで体制(+実績)は作ったし、講師をはじめスタッフも、聴覚障害者向けの講習会の現場ノウハウは大分培ったはず。需要拡大の流れも作った。来年度もやれる事はやれるし、むしろ今回のように助成金が無くても、何とか採算ベースでいけるはずだ。そのくらいの基盤は半年で何とか作れたつもりだったんだけど…。
ただ、問題なのは人か。学んだ人は多いが、関わった人は多いが、誰が更に実践する?自主的に動く?私が声を掛けないと、能動的に動く人は居ないかも知れない。他の事業との兼ね合いもあり、次回は少なくとも、私が年間を通して、調整やら運営に掛かりっきりになる事はできない。もしくはそういった部分の指摘だろうか。もっとも、私の報告の完成度が高かったかと言えば、前述の通りの状況だから、そうでもない。むしろ駄目だった。であれば、事業の実態そのものよりも、単に今回の私の発表が悪かったのだ。
…誰だっけな、この事業を一番最初に「やろう!」と言ったのは。今回の内示で村山に異動になった、6回の開催中1度しか顔を出さなかった某県庁職員だったような気がする(苦笑)。ま、実際に実行レベルになると、皆そういうもんだ。市民学習農園だって、どっかの県職員が、人件費が出ないから自分が責任取って面倒見るみたいに言い切ってたけど、異動を契機に丸投げ?
あれだけ理事会でも力説してみせて「よし、あとはがんばってくれ」じゃなぁ(苦笑)。ま、俺もやれると思うし頑張るとは言ってしまったので、責任の半分はあるのだが。ま、異動は不可抗力か。
イーコムの方々もそれぞれが忙しいから、来年度もこの事業は継続するとして、形式はともかく…実質は他でやろうかな。若しくはこの事業に限れば、ちゃんと労力分の収益が見込めるはずだから、他にサポートの人を付けて、N村さんにでもお願いするしかないか。
石塚    :「ところで、この事業って最終報告いつでしたっけ?」
大学事務局:「3月15日でした。」
石塚    :「わーお。」
大学事務局:「うちへの分は、A4用紙2枚程度なんで、早めにお願いしますね。」
石塚    :「…すんまへん。」
その後、同じく大学内で行われたW辺暁雄先生の結婚報告パーティーに出席。職場に寄って資料をとって、帰宅は午後8時半。
皆始めるだけ始めた事業の報告整理。結局はほぼ一人で抱えている市民学習農園の準備作業。遠賀原の公園作りワーキング作業、某病院のウェブサイト作りも今月締め切り。
今夜も寝れそうに無い。
既に万年疲労だ。回復という感じが全く無くて、フラットにいつも疲れている。朝起きても既にだるいし力が入らないような。はぁ…もっとお金になるなら、出来る人に頼めるのになぁ(だからこっちに持って来られるんだろうけど)。今回のような助成金事業や補助事業に人件費は無い。だから本来的に本腰入れては手を出せないというか、やればやるほど辛くなるのが道理。かと言って「やります!」と手を挙げたボランティアに頼んで責任とってもらった事ないし、結果が良かった試しもまだ無い。そう考えると孤独になる(苦笑) なかなか難しい。
とりあえず、最重要を市民学習農園の開設に向けた作業に設定する。

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