公益のふるさと協働フォーラム

Posted by – 2004年12月22日

午前は庄内総合支庁の講堂で、公益のふるさと協働フォーラム(事務局:庄内総合支庁企画振興課内)主催による行政職員向けのNPO事例研修会が行われ、私も事例報告がてら出席した。
日韓市民スクエア共同代表の孫明修さん、公益大の澤辺先生、庄内海岸のクロマツ林をたたえる会(NPO法人)の砂山さんと同席し、日韓における交流事業の紹介や、地域でのNPO・行政の活動事例、NPOの課題、大学とNPOとの連携事例などを紹介させて頂き、会場との質疑応答となった。
庄内総合支庁の職員約70名、庄内地域のほぼ全市町村の職員と、NPO関係者が10名足らず、予想の倍ほど、計90名以上の方々が出席した。
とある全国規模の実態調査結果で、NPOと行政との協働における障害は、相互理解の不足による、というのがダントツだった。今更ながらに、とは思われるかも知れないが、ある程度信頼できる統計として、具体的な数値として示される事は確かに少なかったか。

今日は天候が悪く、路面も一部凍結し、今年初めての積雪だった。8時半の集合が、おかげで私も6分遅刻。皆さんも遅刻し、打ち合わせ無くそのまま開会(苦笑)。今まで、行政職員のNPO研修は開かれた事がなかったそうで、NPO側のみならず、行政側からも、もっと早くこのような研修をしたかった、話を聞きたかったとの感想が。「何故これまで開催できなかったのか」「担うべきところが機能していないのだから仕方ない」「空白の数年間だ」との話も出た。
今回、10ページ程度の事前資料の監修を行ったが、NPOとは何なのか?に限らず、相手に本当に解り易く伝えるという事は、一般論と言う以上に、いかに相手の立場を考える事が重要かと、ひしひしと感じられた。
午後は、孫さんとパートナーシップオフィスのI間さんと一緒に、昼食がてら3人で酒田市内を回り、さかたNPO支援センターで休息。
暫時、PO理事のM宮さんが合流した。

石塚:「はぁ…昨夜(21日)は午前様になってもI間さんから解放してもらえなくて、お陰で今日の研修は大変でしたョ。」
M宮:「え?二人でずっと一緒だったの?」
I間:「実はそうだったの。うふっ。」
石塚:「本当は1時間くらいで済ませたかったのに。あーしてみよう、こうしてみよう、こういうのはどうだろう?と。」
I間:「ごめんねぇ~今日、研修会だったのに、無理に付き合わせて疲れさせて。」
石塚:「結局、寝たのが午前3時、起きたのが朝6時半過ぎ。」
M宮:「石塚さんとI間さんがそんな人だったなんて…。」
石塚:「ね?こういう事には熱心でしょう?…あれ、なんで孫さん、ゲラゲラ笑ってるんですか?」

そんな訳で、昨夜は今日の夜に大学で開かれるパーティーの企画打ち合わせだった。結局、庄内総合支庁企画振興課のT宮さんと共に、サンタに扮し、司会進行をする事になった。NPOと行政との具体的な協働の一例となったに違いない。そんな感じで、そのまま午後6時から、午前の流れからより相互理解を深めようと開かれた東北公益文科大学内でパーティーに出席した。こちらは約30名弱の参加だった。数時間ながら、孫さんとも韓国の非営利組織活動の事情など情報交換が出来、次は夏の飛島で、という事で再開を約束した。


パーティーの席上、K間さんの挨拶で、NPOでは職員に給料が払えないから、逆に生活を抱える若い人にとっては厳しい話なので、事務局的な存在は、行政職員の退職者など、生活に不安が無い人が担うのが一番いいのではないか、総合支庁はその辺を真剣に考えて欲しいとの話が出た。
確かに仕事しても給料がもらえない事が多い(NPOだから、か?)。今はまだ我慢しろだとか、先行投資だからとか。結果的に「残念でした!」と、だまされる事も多い(苦笑)。雇用契約も無かった事にして、みたいな(爆)。時にそこを指摘すると、善意や思いとかで逆ギレされたり。「給料が貰えないぐらいどうしたっ!?俺たちの使命や思いというのは、そんな次元のものじゃないんだっ!」と。
NPOからはここ1年間、給料としては貰ってない。社会保障も無い。それでも、あれこれと仕事は当然のように任されるが、一般的には、本来的にはおかしい訳だ。
話はすり返られる。理事の中でも「そもそも論」がどんどん変わる。「本当は君のために作ったNPOだったのだから、君がやるしかないんだ。」とか。最近では「今、石塚君が辞めたら、若い人達ががっかりするだろう。君はパイオニアとして、後続の若い人達のためにも頑張って示す責任があるんだ。だからNPOを辞めたいとか、現状に不満を漏らすことなどは、周囲の期待を裏切るだけでなく、いかに無責任なことか自覚しなければならない。」というふうな論法が多い。私の人格や生活を無視して、意地でもNPOでこき使いたいのだろうか。確かに私ほどの能力を持つ者は稀かも知れない(フッ…笑)。それとも、最終的には、NPOなんて全て私(石塚)が個人でやったこと、責任は全てお前が取れ、と言われてもおかしくないのだろうか(苦笑)。
いや、仕事を持ってきても、簡単に取れる仕事ほど、結局は人件費にはならないのだ。
私個人の財布の中身が枯渇しつつある。もしそれで終わるNPO活動なら、終わってもいい。終わるしかない。
集まってくるボランティアもそうだが、周囲の不信として、動かない理事や、やる気がないプロジェクトリーダーに対する嫌悪が強い。口先ばかりで、自分は何もせず、もっともらしくやる意義を唱え、人に命令するばかりで、いざとなれば率先して矢面から逃げる。本当にやる気があるのか?面と向かって問われれば、組織責任の前に、個人の説明責任はあるのかもしれない。が、それを疑問に思い、口に出すより前に、その人から離れてしまうのが常でもある。批難されるより先に、相手にされなくなるものだ。
周囲から一番言われるのはそこで、私も辛い所だ。「石塚さんを信じてます。石塚さんが何とかして下さい。」と言われても、例え同じ組織に属そうが、他人の人格には責任がもてない。まして少なからず信念や持論があってこそ参画している場合が多いのだから、とやかく言っても、大して意味が無い場合が多い。
組織の運営に気を配り、スタッフの社会的地位を保障し、ボランティアが活動しやすい環境を整えるのが、理事の責務ではあるだろうが。
そんな悩みを語ったところ、T井理事長の「うちでは口先だけの役員なんて必要ないし、動かない理事は要らない。お金は確かに無いけれど、危機感や責任感は持ってやっている。だから、そんな事は前提にもしていない。」との言葉が、正論ながらに痛烈だ。NPOの理事でちゃんと動ける人、責任を取れる人など、少数派かも知れない。実際は、組織の中でも、一部ないし数名のスタッフが尽力し、何とか支えているから、名誉を保っているのが殆どではないか。それすら維持できないところが、相談に来る。
なんとなく名前を貸している、とりあえずそうなっている、NPOだからという変な解釈で、それでいいのか?
良い筈は無いが、それで仕方ないというのが無論大多数だ。逆に言えば大多数がそうだから、そういう筈になる。実際に、言うほどの思いなども無いのかも知れない、と周囲も感じてしまう。
が、やっている方からすれば、皆、嘘を付いているという自覚は無いだろうし、そんな訳では無いかもしれない。人がいいものだから、どんどん引き受ける(そしてどんどん押し付ける)。結果、何を引き受けたかも忘れてしまうのだろう。そう、忘れる事が多いらしい。自分自身が見えていないのではないか。人にはあれこれ頼み、約束を遵守させようとするが、自分自身はいい加減な事が多いのではないか。悪気は無いから許すべきだ、というのが本人であってはならないが(苦笑)。
その結果、なかなか、信用が無い人が多いのも確か。「俺たちは一生懸命がんばってるんだ!」とは言え、何もして無かったり。それは自己評価の自己満足。周りがどう見ているか、それとは違う事もある。自分の思いばかりでなく、もっと周囲の評価や見られ方に気を配らなければならない。こう言っては何だが、例えやる気がなくても、最低限、頑張っている様に見せないと、周囲は付いて来ないものだ。
NPOの制度は素晴らしいと思う。でも今のそんなNPOの状況を、私としては好きになれないでいる。そんな感じで、モチベーションが上がらない。単に周囲への言い訳や、やる気が無い人の体面のために頑張ってるんじゃないかと、さらに虚しく思う事もある。
ちゃんとした組織作りというのは、自分一人では出来ないが、単なる騒動屋や、いい加減な人、どうでもいい人と一緒になっても出来ないのは確か。
だから結局は人だ。結局は人の問題になる。もしかすると、誰がやっている組織なのか?
少し初心に戻って考え直す事も必要だろうと思うし、当然のように誰かが犠牲にならなければ組織運営が出来ないなら、それは嘘だと思う。
庄内NPOセンターは、場所だけは維持できる。来年度、最初の運営が上手くいけば、年間を通して、私の代わりに一人くらい雇える余裕が出来るだろう。落ち着いたところで、私自身は少し距離を取って考え直そうと思う。
ま、とにもかくにも、しばらく休めそうだ。1年の中で、一番ゆっくり出来るのが年末年始。色々と考えにふける時間も取れそうだ。せっかくだから、1月10日頃までとか、少し長めに取っても良いかも知れない。

石塚:「さすがに、この時期にまでイベントとか事業とか入れられたら敵わないよな。」
I間:「年越しクリーンアップ作戦とか。」
石塚:「冬の日本海で、か。」

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