とあるNPOからの一連の嫌がらせ

Posted by – 2005年6月1日

 3月17日から、私が日中に鶴岡市開発公社の勤務に移るのを見計らって仕掛けてきた?
 とあるNPOからの一連の嫌がらせなどの動きは、一時的に収束される。
 一時的というのも、結局は皆が納得した結果ではないからだ。

 敵意や反感を煽るやり方に対する反発は、相当なものだ。もはや地域のNPOの中では相手にされないだろう。
 関係の修復も、調整のしようはないが、しかし本当に他に方法を思い付かなかったのか?
 そんなに自分たちが庄内地域のNPOの代表という自負を持っていたのか?
 脅迫、嫌がらせ、そういう暴力的なやり方で、周囲に服従を迫るなど、通用するやり方だと思ったのか、それとも一時的な感情による判断の誤りだったのか。

 今件が、ずっと私の思考と精神を蝕んでいた。正直、今の仕事に、他の事への集中を極度に妨げていた。
 だが、これだけは行く末を見届けたかった。
 私が(タイミング的に)居なくなって変になった等と言われたら、悔しい限りではないか。
 しかし、もはや、そうはならないのも確か。

 確かに事務所を移転した1年半前と同じような、やむを得ない状況になっている。
 あの時も、先が見えて、もはやこのままでは続かないとしての判断だった。
 がっかりした感が漂うが、周囲を励ましつつ、影では自分を奮い立たせつつ、再起を図ろうと思った。
 が、皆、けっこう前向きで明るいものだ。それが何より心強かった。

 仮に状況が1年半前と同じでも、それを乗り越える側のレベルが違う。
 そう、前進して、成長しているのは確かなのだ。


 こんなゴタゴタは、これで最後だろう。その後は、そこからは、もはや憂い無く…。
 これを最後に、後ろ向きなしがらみを全て取り払い、NPOの現場が本当に信じて仕事を出来るように、周りが協力し合ってフォローできるように、そしてその体制を維持できるように、周囲からの信頼や理解も得られるように、それが今の私にとっては最後の仕事(責任)なのかも知れない。

 別に、争いは好きではないが、不当な圧力や手法に、黙って耐えるような考えも無い。
 どういう情報がどう作用した結果か知らないが「俺の言う事が聞けないなら全面対決だ!」と「NPOなんて、どうでもいい、俺の面子の問題だ!」言われた時に、既に私自身は覚悟してたと思う。
 いずれにせよ、私自身が前面に立つ事は回避しない。責任と役割が期待されているなら、そこからも逃げはしない。
最低最悪、現場の健全さだけは守りたい。影でどんな圧力や嫌がらせがあっても、そこは自身のポリシーとして譲らない。

 同時に、あくまで自分自身の保身と自己満足、自己実現のためだけに、周囲を動かそうと陰日向で画策し、周囲を惑わせて、わざとすれ違わせて争わせるなど、2年前と同じ演出を図った者が居るとすれば、それは許さない。

 もう半年あれば、完全に民設民営で、鶴岡市でNPOセンターを自立させられた。集まる人も増え、理想的なコミュニティが出来つつあった。
 でも、それを好ましく思わないNPOもあったという事だ。
 その団体の、自分たちが中心でなければ成らないという自負、プライドのために…。

 イーコム、アインシュタイン、ジェイサポート、夢童、がきんちょ、視覚障害者支援の会…、庄内NPOセンターは馬場町から移転する。
 運営委員会は一時解散し、既存入居団体の事務所も各自で分散する。
 受けたダメージは大きいが、必ず再起を図る。こんな事で終わりたくは無い。
 半年、1年、10年かかっても、必ず、再起を図る。

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