午後から地域活性化センターの方が


今日は午後から地域活性化センターの方が、市民学習農園の取材に来られた。大枠としては「鶴岡バイオキャンパス特区」についてだが、これが全国9つの事例の中の1つとして紹介され、ガイドブックに掲載されるらしい。

日曜日は「とんぼりクリーン作戦」に記録係として参加、折り返し午後から「山形VS若者」という、来月に山形市内で開かれるシンポジウムの打ち合わせを行うために、村山総合支庁に行った。
当初は、ぷらっとほーむのT口さんが、ある程度のシナリオを描き、落とし所を決める予定で、内容的には、県の長期構想における各地域のグランドデザイン策定に係る事業という位置付け上、若者の活動と活動の壁という観点から、若者が活動しやすい地域づくり、または課題解決に繋げ、模索するという方向で検討されたが、おそらく会場に来られる方々の期待としては、活動のきっかけや、思い、本音の部分を聞きたいと言うのが1番なんだろうし、そういう人と出会いたいという事なのでは、という話にもなっていった。
しかしまず実際にパネリスト11人というのが凄い。この場合、どちらかというと…笑点のおおぎりみたいな進行もいいんじゃないかなと思ったが、流石に私は無責任である。コーディネーターのT口氏は大変だ。


この頃は、組織の内外問わず、騙されたり、嫌な事に振り回され、面倒くさいだけの事を押し付けられたり。
その場の思い付きや、わがままとしか思えない期待に応える事を強要されたり、付き合わされる事が、未だに少なくはなく、逆に範囲は広がってきたり、新しい対象が増えてきたり(苦笑)。もぐら叩きみたいで面白い、と文章で書く程には笑えないのだが。
断われるものは断りつつも、そういった目の前の現象に、やや虚無的・悲観的に人間不信にもなる中で、それでも辛うじてある程度の達成感や満足を得ながらも、寝ても起きても消えない倦怠感に苦しめられている。
庄内NPOセンターが何とか継続し、仮に満足という言葉からは遠いにしても、各事業ごとには、僅かながらも寄付が増え、サポーターも増え、向上し発展している。そんな中、私自身は、虚無感というか、疲労感というか、脱力感に捕らわれている。体力が無いわけではないのだが…。
もしかしたら鬱なのかな…とも思いつつ、でも「鬱な人間はそこまで親父ギャグや冗談連発する余裕ないんじゃないの?あぁ~もう邪魔よ(笑)。」という冷たい奈己さんのお言葉に励まされ、それを期待して冗談を言う自分もある。
NPO法人に対して、この時期、この地域の厳しい目や批判も解る。同時に期待の目も解る。
NPOって本来的に何?自分は何をやってるんだ?何を手伝っているんだ?何故…脱却できないのか?…こうすべきではないのか?と常に考える。上辺だけの使命感、形だけの理念、言葉だけの協力、全ては皮相に言い包められる事が少なくない中で、もしくは自分自身の思いやミッションを完全に見失っていたのかも知れない。
自分の事ながら、もう一度、仕事面で奮起するきっかけが欲しい。これじゃ自分が駄目だ。
私はおそらく、自分の方法ややり方に、絶対の自信など持ち合わせていない。もしくは満足してないし、もしくは常に迷っている。そういった中で、県内とはいえ、ほぼ同年の他の10人の方々の力強い声調には、自信というか、らしさというか、強く感じるものがあり、少し羨ましいような気もして、ふと自嘲的に苦笑したり。
差は何か。やはり自分が信じるままに…というところなのか。
いや、でもやはり皆、反面というのは大なり小なり持ち合わせているのだろう。最上のIさんも暗に「ま、実際は、それだけじゃないけどね…。」と。
私なんかが、日頃のそういった苦悩を表面的に出してしまえば、周囲も「やっぱりNPOって大変ね…、負担かけられると困るから、余り近寄らない様にしよう。石塚さんって馬鹿だけど、気の毒ね。」というだけの事にもなってしまいかねない。もしくは私が信じたとおりに行動すれば、本来的・実質的な協力者や支援者との距離は縮まる気もするが、反対に牛耳っているつもりの人達からは相当の圧力が来るだろう。
隣県の人で、「山形のNPOは、余り上手くいってないからこそ続いているんだ。」と評する人が居た。私なんかに真偽は解らないが、「上手くいき始めたら、かえって潰されるだろう(笑)」と。
参画してくれる人には勿論のこと、それぞれに目的がある。社会貢献意欲であったり、情報収集であったり、自己主張であったり、人との出会いであったり、わがままであったり、地位や名誉であったり、騒ぐ事が好きなのであったり。それは支援してくれる側にも言える。
仮に自分が満足していない中でも、それぞれに、如何に満足感を与えられるか、なんて。いや、重要な課題だが。

17日・20日・27日(謎)とイベントが続く。23日から25日までは青森だったか。

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